2023-07-01
大学を卒業してから20年以上、製薬会社で働き続けて来た片岡裕美子(かたおか ゆみこ)さん。
ある時「このままでは、日本の医薬品業界の未来はまずいんじゃないか」そう危機感を覚え、会社員として働きながら会社を設立されました。
それから3年。
働きながら会社を立ち上げた時のこと、働く上で心がけている「ご縁」についてなど、詳しくお話を伺いました。
自分のキャリアを続けるためにはどうしたらいいんだろう?
岡田:
会社員として働きながらメディカルグローン株式会社(以下、メディカルグローン)を設立されたとのことですが、メディカルグローンとは何をされている会社なのでしょうか?
片岡裕美子さん(以下、片岡):
主に「メディカルライティング」を提供する会社です。
製薬会社や大学病院などに代わって、臨床試験実施に関する各種ドキュメントや、薬の承認申請書類の作成を請け負っています。
他にもコンサルティングや、教育訓練の場を提供させていただくことで、医薬品業界における若手の育成などをお手伝いしています。
岡田:
「メディカルライティング」というのは?
片岡:
メディカルライティングとは、臨床試験実施に関する各種ドキュメントから、臨床試験終了後の報告書や承認申請資料に至るまで、様々なドキュメントを作成する業務のことです。医薬論文の作成等も、メディカルライティングに含まれます。
たとえば、車の運転免許でいうと、仮免許取得までにいろんな試験をしますよね。
薬の場合も動物を使った試験や人での臨床試験など、色々なタイミングで試験があり、決められた時期にPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)へ書類を出さないといけないんです。
「このお薬は、こういう試験をして、こんなに良くて、こういう駄目なところもあるけど、お役に立てるんで承認してください」って、ラブレターみたいなものを戦略的にしたためるんです。
でも、その申請資料作成にはすごく細かい規則があって、法律も確認しながら、最終的には患者さんの不利益にならないようにという点も抑えて書かなきゃいけない。
岡田:
細かいノウハウがあるんですね。
片岡:
そういった「戦略的なライティング」には、経験が必要なんです。
なので、うちの会社には、長年製薬会社などでライティングをされてきた「その道のプロ」の方たちに、専門家としてメディカルライティングやコンサルティングに入っていただいています。
岡田:
最初に会社を立ち上げようと思われたのは、いつでしたか?
片岡:
夫の転勤が多くて、子供が生まれるまでは単身赴任をしてもらっていたんです。
でも、夫の名古屋生活が長くなって、当時私は大阪にいたのですが、そろそろ名古屋に引っ越そうということになって。
それで転職活動をしましたが、名古屋には製薬会社が少なく、難航しました。
岡田:
それまでずっと、製薬会社で働いて来られたんですよね。
片岡:
はい。だから「私の20年のキャリアはここで終わるのか」って、ちょっとやさぐれましたね(笑)
結局、なんとか近い会社に入ることができましたが、その時に働き方を考えたんです。
女性って、自分の意思と関係なくキャリアが途切れがちじゃないですか?
「自分のキャリアを続けるためにはどうしたらいいんだろう」って。
そう考えたのが、起業の最初のきっかけだと思います。
岡田:
なぜ「メディカルライティング」を中心とした会社を作ろうと考えたんですか?
片岡:
20年間ずっと製薬会社で働いてきましたが、問題が起きた時に聞ける人が少なくなってきたことにふと気付いて。
特に、承認申請資料作成におけるノウハウに関する部分で、会社の中で解決できないことが増えていました。
私が若い頃は、身近な先輩や上司など、周りに聞ける人がいたのですが、いつの間にか退職した上司にメールして聞いていたんです。秘密保持の範囲内でですが。
岡田:
直属の上司の方では解決できなかったんでしょうか?
片岡:
そういうこともありました。
「経験がない」って言われる。
「これってまずいんじゃない?」と思って。
岡田:
昔と今は何が違うんでしょうか。
片岡:
昔は終身雇用が多かったので、1つのお薬の開発に初期からずっと関わって、そのお薬の開発全てを経験された「その道のプロ」、いわゆる「専門家」がおられた。
それが今は、業務が細分化され、外注されるので、全てを分かる人が減ってしまったんですよね。
岡田:
なるほど。
片岡:
それに、だんだん日本でお薬が申請されなくなっているんです。
日本って、人口が少なく市場が小さいし、薬価改定といってどんどんお薬の値段が下がってしまう制度もあって。
だから、外資系の製薬会社は何百億とお金をかけて上市(市場に出すこと)しても、日本ではペイできないと判断するんです。
海外のお薬を日本に持って来ようと思ったら、日本で申請して承認を取らないといけないのですが、それには手間もお金もかかる。
結果、「日本ではこの薬は売らない」と決断する製薬会社も増えているんです。
岡田:
そうなんですか!
片岡:
はい。
高血圧とか糖尿病みたいにメジャーな疾病はまだいいんですけど、珍しい病気なんかは薬が入って来ないと困るじゃないですか。
珍しい病気、いわゆる希少疾病は、患者さんの数が少ないので、薬を開発しても売上的にはペイできないという別の問題もあります。
そこで、医師主導治験といって、医師が国の予算を使って薬の開発を頑張ったりするのですが、先生方は病気治療のプロであって、お薬の承認を取るノウハウはおもちでないことがほとんどでして。
そういうサポートを経験値がある製薬会社を定年した専門家でやったらいいんじゃないかな?って思ったのが、メディカルグローン設立のひとつのきっかけです。
岡田:
経験値がある定年した「その道のプロ」が、「専門家」ですね。
片岡:
もし、クライアントさんでその方法を知りたい方が一人でも二人でも来てくださって、伝えることができたら、後世に経験を残せるんじゃないかって。
そしたら、次に使えるし繋がって行く。
うちの企業理念は「医薬品業界における心と技の伝承」なんです。
定年されている「その道のプロ=専門家」と、これからの医薬品業界を担う若手をつなぎたいと思っています。
岡田:
日本の医薬品業界のために。
片岡:
広く言うとそうですね。
そのためには小さな1歩でも、踏み出しておかないと始まらないと思ったんです。
まずは立ち上げる。動きながら整えればいい。
岡田:
会社を立ち上げようと決めて、まず何をされましたか?
片岡:
何から始めたかなぁ。
とりあえず立ち上げたんですよね。
立ち上げてから整えれば良いかと思って。
岡田:
先に会社という形を作ってから、動き始めたんですか?
片岡:
はい、そうです。
会社員としてお給料もらっていましたので、起業時の生活の心配はあまりしていなくて。
事務所は家賃が安いところを借りて。
岡田:
走りながら決めていったんですね。
片岡:
やっちゃえば問題が見えてくるから、それを解決していけばいい。
仕事ってお困りごとの解消だから、お困りごとがあれば仕事はある。
だから、とりあえずやっちゃおうって。
岡田:
最初から順調でしたか?
片岡:
うーん。最初の一年は、大変でした。
受託数が少なくて、専門家へのお支払を確保すると、私の給与は全く出せませんでしたね。
岡田:
最初、お仕事はどういうところから受注されたんですか?
片岡:
元職場や、昔の上司の伝手でお仕事を頂きました。
すごくありがたかったです。
岡田:
そこからどうやって乗り越えたんですか?
片岡:
人との出会いがあったり、私自身も経営者としてのマインドを学んだりして、そこから風が変わりましたね。
「自分で考えなきゃいけない、やらなきゃいけないこと」をどこか人任にしてしまっていたなって気づいて。
経営者として「自分が握らなきゃいけないところはちゃんと握ろう」と心に決めて。
そこから、経営が順調に回るようになってきたかなと思います。
ご縁がご縁を呼び、設立時2名だった専門家は26名に。
岡田:
メディカルグローンには社員がいらっしゃらないとのことですが、現在契約されている方は、何名いらっしゃるんですか?
片岡:
30名ですね。そのうち、専門家は26名です(2023年5月現在)。
基本は、製薬会社を定年退職した方で、各分野の専門家の人たち。
ライティングをしてもらったり、コンサルティングしてもらったり、後は教育訓練といってセミナーをしてもらったりしてます。
岡田:
最初に契約された専門家の方は、どういう繋がりだったんですか?
片岡:
元上司ですね。
転職を何度かしているんですけど、昔の職場の上司と結構繋がっていて、そのご縁から。
最初はお二人にお願いしてはじめました。
岡田:
そこから広がって、3年で26名まで増えたってすごいですね!どうやって集めたんですか?
片岡:
ほとんどが元職場繋がりでのご紹介です。
岡田:
昔の職場の上司の方とずっと繋がっているって、珍しいですよね。
片岡:
私、結構出来が悪かったから印象に残るみたいで。
ありとあらゆる失敗を新人の時にやり尽くしたから…。
岡田:
中でも一番覚えているのは?
片岡:
一番なんてないですよね(笑)
たとえば、全部書類を持ったまま飛行機に乗り遅れて、上司だけが先に到着しちゃったりとか…もう色々。
だから「とんちん」ってあだ名がつけられて。
岡田:
それは「とんちんかん」のとんちんですか…?
片岡:
はい(笑)
「新人のとんちん」って有名になっちゃって、あらゆる部署の飲み会に呼んでもらって。
おかげで今があるんです(笑)
岡田:
飲み会のご縁って大事ですね(笑)
それ以外には、どういった経由で専門家の方がいらっしゃるんですか?
片岡:
クチコミですね。
ある分野の専門家が別の分野の専門家を連れてきてくださったり。
「誰それさんがそろそろ定年するから声かけといた」「次はここの分野が得意な人を探そう」って探してくださったりとか。
ありがたいことに、すごい方たちが集まってくれています。
ご縁に恵まれているなって思いますね。
岡田:
定年されている方が多いということですが、平均年齢は何歳ぐらいなのでしょうか。
片岡:
平均すると60才超えてると思います。
でも最近仕事が広がってきて、若い人も増えてきたんです。
ホームページから応募してきてくださる方もいます。
たとえばパートナーのお仕事の都合で外国に住んでいる方などもおられます。
岡田:
グローバルですね!
片岡:
ライティングって場所も時間も選ばないじゃないですか。
私もそうでしたが、女性はどうしてもパートナーや家族の影響で仕事の環境が変わりがちですよね。最近は男性もそうなのかな。
だから、こうして場所や時間を選ばない働き方ができることはいいなと思いますね。
岡田:
新しい専門家と契約する際、どういうところを見て判断されるなどありますか?
片岡:
私は自分が仕事ができなかったから「できない」と言うことも能力の1つと考えていて。
だからちゃんと「できない」って言える人のほうがいいんです。
「これはできない」「これはできる」がはっきりしている人のほうが仕事がしやすいので、そういう方と契約させて頂いてます。
岡田:
「私、なんでもできます!」ではなく。
片岡:
そうですね。
「ここはできません」っていう人のほうが信用できるかなと。
信用と信頼を積み上げる。そのために「義理人情」はとても大切。
岡田:
現在は会社勤めは辞められたとのことですが、会社員と経営者の二足のわらじをはかれていた時は、どういう風にお仕事をされていましたか?
片岡:
私、すごく早起きで、朝4時半ぐらいに起きるんですよ。
そこから子供が起きてくる6時半までメディカルグローンの仕事をし、日中は勤めていた会社のお仕事をしていました。
副業に理解があり、人間的に温かい方が多い会社でしたので、辞める時は後ろ髪をひかれました。
今でも、その会社の方々とは、一緒にご飯に行かせて頂いたり、連絡を取り合ったりしています。
岡田:
お話を伺っていると、元上司の方とのご縁だったり元職場からお仕事の依頼をいただいたり、出会ったご縁をすごく大切にされているなと感じます。縁を途切らせないコツなどあるんでしょうか。
片岡:
不義理なことはしないこと、ですね。
岡田:
たとえば?
片岡:
たとえば会社を辞める時も、ご恩のある会社に後ろ足で砂をかけるような辞め方はしちゃいけないと思って。
今自分が持っている仕事がちゃんと終わってから、みんなが納得する形になるまでは辞めない。
岡田:
それが独立後のご縁に繋がって行くんですね。
片岡:
やっぱり、義理人情ってすごく大事だと思うんです。
岡田:
特に、独立するとご縁が全てっていうところありますよね。
片岡:
ほんとそうですね。
義理人情を大切にすることで、信用と信頼が積み重なると思います。
でも難しいのが、信用・信頼を何で示すかっていうところだと思うんです。
岡田:
何で示すか?というと。
片岡:
こちらが信用・信頼しているという気持ちをどう相手に示すか、ですね。
たとえば契約している専門家の皆さんの場合も、信用・信頼の示し方としてが「お金」が嬉しい方もいれば、「お客様からの仕事の評価」や「依頼される仕事の内容」という方もおり、様々なんですよね。
岡田:
それは話をして見抜いていくんですか?
片岡:
でも最初は分からないから、お話をする中で色々聞いたり、何回かお仕事をしていく中で、この方にとっての評価基準はなんだろう?っていうのはすごく考えますね。
岡田:
専門家の方とクライアントさんを繋ぐのは、裕美子さんの判断なんですか?
片岡:
そうです。
このお仕事ならこの専門家がいいかなと、私がマッチングをしていますね。
なので、専門家の皆さんにお願いするタイミングもすごく考えます。
そろそろお孫さんが夏休みだなとか、この間体調悪そうだったなぁとか、そろそろ趣味のオーケストラのコンサートをされるタイミングだなとか。
岡田:
オーケストラをされている方もいらっしゃるんですか!
片岡:
定年されている方が多いので、みなさん趣味もたくさんお持ちで。
なので、そういう予定とかはちゃんと聞いて、気を配るようにしていますね。
岡田:
では、裕美子さんが仕事をしていて楽しい・嬉しい瞬間はどのタイミングですか?
片岡:
仕事は常に楽しいですね。
嬉しいのは、同じお客さんから、次の仕事を頂いた時。
仕事の報酬はお支払いではなくて、次の仕事だと思っているから。
同じお客さんから 次の仕事を頂いたら、前の仕事が評価されたということだから。
それはすごく嬉しいですよね。
でもそれは、私に能力があるわけじゃなくて、専門家の皆さんの仕事の質が高いからリピートが来るということだろうなと思っています。
岡田:
リピートに繋げるために心がけていることはありますか?
片岡:
やっぱり信用信頼。
メディカルグローンにお仕事を頼んだら、必ず良いものを提供してくれるという。
あとはやはり、専門家の皆さんとの関係性ですね。
もしも、クライアントさんと専門家が合わないようなことがあったら、それは私が全責任を負うべきで、専門家の皆さんは何も責任を感じなくていい。そう思っています。
岡田:
専門家の皆さんへの心配りがすごいですね。
片岡:
一緒にお仕事をさせて頂く上で、そこはすごく心を配っていますね。
「心と技の伝承」をもっと広げて行くために
岡田:
今後の展望などあれば、聞かせてください。
片岡:
「メディカルグローン寺子屋」っていうのを作ろうと思っていて。
シニアからのノウハウを伝承するOJTの場所を、メタバース上に作ろうと思ってやってます。
岡田:
メタバース!最新ですね!
片岡:
今までは、ご依頼をいただいた方だけと繋いできたけど、もっと大きくやりたいなと思っていて。
今までセミナーを受けてくれた300名ぐらいの方にアンケートを取ったら、会社の中で疑問を持った時に、社外で気軽に聞ける場所が欲しいという声が多くあって。
岡田:
自分の組織だけはなく、外とのつながりが欲しいと。
片岡:
例えばA製薬会社の人は、A製薬会社の中でしか知識が伝承できない。
所属に関係なく学べる仕組みを作りたいと思って。
会社の外に、「もう一人の師匠」がいるみたいな。
岡田:
医薬品業界全体で見ているんですね。
片岡:
医薬品業界の中でも、色々と横のつながりができる活動もありますが、それに参加できるのって会社のほんの一部の人しかいないんです。
だから、もっと多くの人が参加できる場所が作りたいなって。そう思っています。
岡田:
「メディカルグローン寺子屋」がどんな場所になるか、楽しみにしています。
今日は長い時間ありがとうございました!
会社員としてのキャリアが途絶えかけた時、「自分のキャリアを守るために、どうしたらいいのか」そう考え、経営者としての一歩を踏み出した裕美子さん。
色々考えたまま動けない人も多い中で「とにかく立ち上げてから考える」という言葉は、大きな励みになるのではないでしょうか。
また、人とのご縁についてのお話を伺い、改めて「義理人情」の大切さに気付かされた気がします。
「日本の医薬品業界の未来のため」邁進される裕美子さんのこれからのご活躍が、とても楽しみです。
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